おいでよシナリオの森!

夢はヒーローもののライターです☆

課題「卒業」Vivace(ビバーチェ)

人物

市川江梨奈(18)受験生

市川歩実(40)江梨奈の母

市川徹(45)江梨奈の父

 


〇江梨奈の家

   ごく普通の一軒家。庭先に小さな桜の苗木が植わっている。

 

〇同・居間

   窓から庭の桜の苗木が見える。   

   市川江梨奈(5)が玩具のピアノを鳴らしその横で市川歩実(27)がニコニ

   コと聴いている。

歩実「上手ね~江梨奈!才能あるんじゃない」

江梨奈「江梨奈、大きくなったらピアノ弾く人になる!」

歩実「そうね~ステキね!」

   歩実、江梨奈の頭を撫でる。江梨奈嬉しそうに笑って再びピアノを叩く。

 

〇同・居間

   江梨奈(7)がランドセルを背負って飛び込んでくる。

江梨奈「ただいま!ねえお母さん聞いて!今日ね、私かけっこで一位取ったの!それ

 で」

歩実「早く支度なさい、レッスンに遅れるわ」

江梨奈「あ、うん…」

   歩実、そのまま部屋を出ていく。

   見送る江梨奈。

 

〇同・居間

   アップライトピアノを弾いている江梨奈(10)

   歩実が汚れた体操着を持って険しい表情で入ってくる。

歩実「ちょっと江梨奈、どうしてこんなに体操服が汚れているの?」

江梨奈「あ、運動会の練習で組体操あったから…」

歩実「組体操ですって!?そんなのに参加しちゃだめよ、もし指をケガするようなことが

 あったらどうするの!?」

江梨奈「え、でも」

歩実「いいわ、私から先生に言っておくから。 次からは組体操に参加しないでちょう

 だい」

江梨奈「そんな…」

歩実「いいわね!?」

   歩実の剣幕に言葉を飲み込む江梨奈。

   出ていく歩実。江梨奈はただ拳を握り締める。

 

〇同・居間

   ドレス姿の江梨奈(10)と歩実が向かい合って座っている。

   間には優秀賞と書かれた賞状と銀色のトロフィー。

   歩実、渋い顔。うつむく江梨奈。

歩実「最優秀賞の孝雄くん、ピアノ歴2年ですって。そんな子に負けるだなんて、母さ

 ん情けなくて泣けてくるわ」

江梨奈「…でも江梨奈、間違えずに弾けたよ」

歩実「そんなことは当たり前なの!優勝しなきゃ何の意味もないのよ、貴方はね遊びで

 やってるんじゃないの。もっと自覚を持ちなさい」

   江梨奈、うつむき拳を握る。

 

〇同・居間

   歩実の手に部活動の申込書。江梨奈(13)の字で「陸上部」と書かれている。

江梨奈「ねぇいいでしょ?お願い。走るだけなら指をケガする心配もないし」

歩実「でも部活なんかに入ったらレッスンの時間はどうするの」

江梨奈「ちゃんとレッスンもする!だから、お願い。運動部入れば体力だってつけられ

 るし」

歩実「本当にレッスンさぼらないわね?」

江梨奈「約束します」

歩実「門限を一度でも破ったら部活禁止にします。いいわね」

江梨奈「はい」

   江梨奈、満面の笑顔。

   歩実、仕方ないといった表情で大きくため息をつく。

 

〇同・居間(夕)

   桜が立派な木に成長している。

   今の棚には江梨奈のトロフィーや賞状が飾られている。   

   江梨奈(18)がアップライトピアノを弾いている。難易度の高い曲。

   傍らで歩実(40)が厳しい表情で見つめている。

   上手に弾く江梨奈だが無表情。

   少し手元が狂って間違えてしまう。

   歩実、途端に険しい表情になって鍵盤に拳を叩きつける。

歩実「何度言ったらわかるの!ここはアンダンテからのアッチェレランド!何年もやっ

 ておいて、まだ用語の一つも覚えられないの!?」

江梨奈「…ごめんなさい」

歩実「こんな程度の腕じゃ〇〇芸大なんて受かりっこないわよ、もっと練習なさい!」

   歩実、時計を見て出かける支度を始める。

江梨奈「どこに行くの?」

歩実「母さんのお友達のツテでね、〇〇芸大の先生とお会いできることになってるの。

 あなたのこと、しっかりお願いしてくるわ」

   江梨奈の表情が曇る。

歩実「なぁに?心配いらないわよ。きっと合格できるわ。母さんを信じて、練習続けな

 さい」

江梨奈「…はい」

   歩実、優しく微笑むと部屋を出ていく。

   江梨奈、扉が閉じると大きいため息。

 

〇同・江梨奈の部屋(夕)

   部屋に入ってくる江梨奈。鞄から二枚のプリントを取り出す。

   「進路指導調査」と「入学願書請求」と書かれている。

   江梨奈、深呼吸して真剣な表情で書き込む。

 

〇同・居間

   ソファで市川徹(45)と江梨奈がテレビを観ながらくつろいでいる。

   江梨奈の手元には単語帳。

   突然、荒々しい足音がして乱暴に扉が開く。

   驚いて振り返る江梨奈と徹。

   大きな封筒を持った歩実が立っている。

歩実「どういうことなの?これは」

   歩実、江梨奈に封筒を突き付ける。

   〇〇体育大学の封筒に「入学願書」と書かれている。

徹「お前、また勝手に入ったのか」

歩実「(江梨奈に)どういうこと?どうしてあなたがこんな大学の願書を持っている

 の?〇〇芸大の願書はどこにあるの?」

   江梨奈、歩実をジッと見つめ返す。

江梨奈「〇〇芸大の願書は持ってない。私は、〇体大を受験する」

歩実「なんですって!?あなた、自分が何を言っているかわかってるの!?」

江梨奈「〇体大で、短距離走インカレ優勝目指す。その後体育の先生になるって決めた

 の」

歩実「何を…ピアニストはどうなるの」

江梨奈「…小さい頃の夢だよ」

   歩実、絶句するがすぐに気を取り直す。

歩実「ゆ…許しませんよそんなこと!体育大学だなんて、たとえ合格しても行かせませ

 ん!学費も出してやらないわよ」

江梨奈「奨学金だってなんだって使うわ。もう母さんの世話にはならない」

歩実「なにを…」

江梨奈「もう…嫌なの。大好きだったピアノも、もう嫌なの」

   江梨奈の目に涙が浮かぶ。

   それでも歩実の目を見る。

江梨奈「お願い母さん、私の好きにさせて。自由に生きさせて。これ以上…嫌いにさせ

 ないで」

   歩実、言葉が継げない。

   江梨奈、書類を掴んで部屋を出ていく。

   歩実は固まったまま動けない。

徹「…歩実」

歩実「…貴方は、知っていたの」

   徹、目を逸らす。

歩実「そう…。私だけ、なのね」

徹「あの子は、芸大も受けようとしていた。俺が止めたんだ。俺が…」

   歩実、力なく笑う。

 

〇同・居間

   庭の桜が咲き始めている。

   窓からボンヤリと見つめている歩実。

   玄関ドアが開き誰かが入ってくる音がする。

江梨奈の声「ただいま、母さん」

   振り返る歩実。

   江梨奈が無表情で立っている。

   歩実、強張った表情で見つめる。

   ふと江梨奈の表情が和らぎ、親指を立てて見せる。

江梨奈「サクラサク

   歩実、涙を浮かべつつも笑顔。江梨奈に駆け寄りギュッと抱きしめる。

歩実「おめでとう…江梨奈」

江梨奈「ありがとう…」

   江梨奈も歩実を抱き返す。

江梨奈「今までごめんね。それと…これからもよろしく」

   歩実、微笑みうなずく。

歩実「こちらこそ。…時々は、ピアノを弾いてくれるかしら?」

江梨奈「もちろんよ。ピアノも、母さんも大好きだもん」

   江梨奈、微笑むとピアノへ向かい弾き始める。

 

 

※通信基礎科最後の課題でした。

 後半、歩実の心情等は枚数の関係で大分端折ってしまっています。

 そのあたりを掘り下げると展開が変わってきますと指摘されました…さすが。

 親の過度な期待に子のプレッシャー…いつの時代も続いてしまう問題ですね。